未来日記

未来日記

恋に、仕事に、日々の日常について語る日記です。日常に、ワクワクという名の希望を届けていきたい。

はじめましての方へ。自己紹介とブログを始めた理由。

黄未来(こうみく)、1989年生まれ。

2017年4月現在、社会人6年目になりました。6歳まで中国の蘇州で暮らしており、今は渋谷区に住んでいます。

 

興味がある分野は、ベンチャー、シェアリングエコノミー、若者のトレンド全般で、尊敬する人は冒険投資家であるジムロジャーズ大前研一さん、ケニアナッツカンパニーの佐藤芳之さんです。

 

幼少期に、質素な家庭(世帯収入200万円)で育ったわたしは、「大きくなって、今より大きな家に住めたら、きっと毎日もっと楽しくなるはずだ」と大人になることを指折り楽しみにしていました。

 

そして、大人になって念願の都心で一人暮らしするようになっても、

 

「彼氏が出来たら、毎日ハッピーになれるかな?」

「もっと痩せたら、毎日ワクワクできるかな?」

「もっと仕事で認められたら…」

「もっと器用に立ち回れたら…」

 

と、「○○があったら、もっと○○だったら…」という思考が底なしに止まらないことに気付きました。

 

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ずっと行ってみたかったギリシャサントリーニ島を訪れても、大好きな恋人が出来ても、一瞬の幸せはあるけれども、ワクワク感を持続させることはとても難しい。

 

毎日が幸せだと思えるような深い満足感は、自分の思考パターンによって形成されるものであり、

ありふれた日常の中から如何に「面白い!」「ワクワクした!」「なるほど!」といった小さな発見や希望を発掘できるかが人生の質を高めるコツだと知りました。

 

それらの発見を書き留めるとともに、誰かに伝わって「面白い!楽しい!」といった感情を共有できたら、これほど嬉しいことはないと思い、ブログを始めました。

 

 

そしてもうひとつ、人生を通して証明したい、ある仮説があります。

 

その仮説とは、【正しさよりも楽しさ。能力よりも挑戦の数】ということ。

 

不器用な性格のためか、わたしは皆が当たり前のように出来ることが何故か自分には出来ないと、小さいころから悩む場面がたくさんありました。

 

例えば、いくら先生に注意されても、毎日名札を学校に持ってくることがとても難しく、何回も忘れて怒られたこと。

中学時代に一生懸命に取り組んだバスケットボール部でも、どうやって動けばよいか、最後まであまり理解できずに、全然上手くならなかったこと。

大学時代にどうしても勉強が身に入らずに、留年してしまったこと。

サークルの友人と仲違いして、途中でやめてしまったこと。

作成した資料を何回見直しても単純ミスがなくならず、上司に怒られたこと。

会議中で何度も寝てしまうこと。

 

「こうすればよい」、「正しいやりかたはこうだ」と、頭では分かっているのに、上手く立ちまわれずに苦労した過去の苦い思い出は、心の奥底にしつこくこびりついており、例えば今でも月に数回は試験前に全く勉強が進まないといった悪夢にうなされて起きることがあります。

 

一方で、そんなわたしでも、自分を思いっきり褒めてあげたくなるような瞬間が人生で幾つかありました。

 

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それは、

 

中学時代、授業中に書き留めた小説を読んだ友達が喜んでくれたとき。

大学時代に手品ボランティアを立ち上げて、内戦終わりのスリランカの孤児院を訪問し、たくさんの子ども達の笑顔に出逢えたとき。

自分が考案したビジネスが大当たりしたとき。

またまた、自分が考案した別のビジネスが大コケして、大損したけれども、それがいいネタとなって、皆が笑ってくれたとき。

こうして書き留めた文章を、面白いね、元気が出たと言ってもらえたとき。

 

正しく、上手には出来なかったかもしれないけれども、「こうすれば楽しいはずだ」と自分で仮説を立てて実践し、周りに笑顔を届けられた瞬間は、毎回最高にスカッとします。生きててよかったなと、感じます。

 

不器用で、苦手なことがたくさんあるポンコツなわたしでも、一番大切にしている面白さ、ワクワクを突き詰めることによって、そして諦めずに何回も何回も何回も挑戦することによって、何か大きな価値を生み出すことができるはず。

 

そのことについて、人生を通して証明していきたいと思っています。

 

文章を読んでくださった方からコメントや連絡を頂いたり、「こんなことやってみない?」と提案を頂くのは、とてもとてもうれしいので、これからもドシドシ、どうぞよろしくお願い致します!

 

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【解説】肉食系女子の進化過程を、ひも解いてみた。

 

近年、肉食系女子というワードが、近年随分市民権を得てきたな、と強く感じる。

 

 

肉食系女子?気に入った男性に、自分から積極的にアプローチできるガツガツした人のことでしょ?」

 

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これが大衆の共通見解であると理解している。

しかし、わたしはこの考えには全く賛成できない。

 

よって、今日は、巷に溢れる肉食系女子に対する誤解と、彼女たちの真の生態について語りたい。

 

1.気になる異性様に対し、自分からアプローチすることは、恋愛の基本動作

 

まず大前提として、努力なしに待っているだけで、自分が心底満足できるような異性から声を掛けてもらえる確率は、空からシーターが降ってくる確率と大差ないと心に刻むべきである。

 

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↓↓余談:じっと待っているだけだと、こういう結果になるで。

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人は相対化の動物であるため、どんなに美人であれ、イケメンであれ、自分がどうしても一本釣りしたいと食指が動く相手は、往々にして、自分よりレベルが高い。

 

その文脈で、ある意味恋愛は非常に平等なゲームであり、自分よりもレベルが高い異性様をなんとか落としたい、その確率を1%でも高めたいと願うのならば、勇気を出して自分から声を掛けることなぞ、恋愛の基本のキである。

 

よって、序盤でデートの誘いをスルリとかわされることも、土曜日に送ったLINEが日曜日になっても既読がつかないことも、ぜんぶぜんぶ当たり前。恋愛市場にエントリーする以上、最初から織り込んでおくべきCAPEX(初期費用)なのだ。

 

では、どこからが、肉食系女子と呼べるのか?

 

肉食系女子レベル1

一定期間、相手のテンションを気にせずに、好きだと伝え続けられる精神力を持つ女性

 

一発目のアプローチは当たり前であるとして、「もっと仲良くなりたい」、「好き♡」と伝え続けることは、なかなか難しい。自分に興味がない人に使う時間なんて無駄と、敢えて最初から損切りすることも、戦略として非常に合理的で正しいと思う。

 

しかし、そこは肉食系女子

 

それでも、彼が好きなんだ、と。どうしても、あの人が良いのだ、と。

 

そう思うのならば、今回だけは、もう少し、忍耐強く頑張ってみるのもありだと思う。

なぜならば、個人的な統計上、男性の初期的なテンションや愛情レベルは、あとから全然逆転が可能だからだ。女は追われてなんぼだという所説がある一方、彼はまだ追いたくなるほど、あなたの魅力を知らないだけなのかもしれない。

 

人生は長いので、もう少し気長に、自分を信じて、続けてみることによって何か見えてくることもあるだろう。

 

そして、男女共通、モテる人であればあるほど、初期に異性がわーーーと群がって、ダメだと分かった瞬間、さーーーと引いていく局面を何回も何回も経験してきている。

 

だから、もう少しだけ。もう一歩だけ。

忍耐強く彼に愛情を届け続けるだけで、ライバルたちから随分と抜き出ることが出来るだろう。

 

そして、一定期間の目安は、個人的には3か月くらいかなと思っている。

 

肉食系女子レベル2> 執着を捨てて、複数案件を同時進行できる女性

 

さて、3か月頑張った。

LINEもちょくちょく送っているし、デートも何回も誘っている。何回かは遊んでくれた。念願かなって、なんとか付き合うことまでは漕ぎ着けたのかもしれない。

 

しかし、彼はやはり、イマイチテンションが低い。

なんだか冷たいし、気分屋だ。

 

わたしのことも、あんまり好きじゃなさそう…。あんなに頑張ったのになぁ…。

 

肉食系女子は、そこでまた悩みだす。

 

次のレベルに進める人。

それはずばり、一旦彼への執着を捨て、他の異性にも目を向けられる女性だ。

 

「え?わたしは彼だけが好きなの。一途で誠実なの!同時進行なんて、そんなビッチなことあり得ない!」

 

そう思っただろうか。

 

しかし、現実として、

 

あなたは、その一途さと誠実さを、全く評価されていないのではないだろうか。

評価どころか、求められてもいない。むしろ、怖い。

 

「頼むから、おれ以外の趣味をつくってくれ…」とすら思われている可能性がある。

 

考えてみてほしい。

大して好きでもない男性から、続々と送られたLINEを、あなたは眉をしかめながら、そっと未読のまま消したことはないだろうか。

 

一生懸命にデートに誘ってくれた、でも女慣れしていない男性の挙動不審さを、あなたは女子会のネタにしたことはないだろうか。

 

そのキモさ。必死さ。

それがまさに今の自分の姿そのものであるという現実に気付き、受け入れられる器を持つ女性のみが次のステップへ進めるのだ。

 

「違うの。わたしは悪くないの。ただ、彼が冷たい人で…」

 

そういうかもしれないが、断じて、男性は好きな女性には冷たいわけがない。

冷たいと感じたのならば、それは、あなたが好かれていない。

ただただ、それだけなのだ。

 

だから彼がしびれを切らして、#Metooであなたの醜態を全世界に晒す前に、まずは一回立ち止まろう。刀を研ごう。自分を磨こう。

 

 

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2年前、慶応大学卒のとても素敵な40代有閑マダムにこんなことを言われたことがある。

 

「大学生の頃ね、わたしは、ぜんぜんモテなかったの。

 

綺麗な女の子たちには、ひっきりなしに男性からのお誘いが途切れなくて、常に忙しそうにしていた。だけど、わたしには全くお誘いがなかった。

 

だから、たくさんの時間があった。

 

広いサバンナを見渡すライオンのように、ターゲットの獲物を、ひとつひとつ、じっくり吟味して、追いかける作戦を立てる時間がね。

 

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そういって、マダムは、猟奇的な目でニヤリと笑いながら、レモンティーをすすった。

 

「でも、獲物をしとめられなかったときはどうしたのですか?」わたしは、尋ねた。

 

「次の獲物を狙いに行くだけよ。」

マダムは答えた。

 

「でもね、それでいいの。

 

本当の幸せというのは、如何にたくさんの獲物に囲まれるかではなく、自分にとってもっとも美味しい獲物を一匹だけ、仕留めることなのだから。

 

レベル1を超えても、なぜだか思い通りにいかない。

それならば、あなたの次の課題は、客観性と広い視野だ。

 

そろそろ、涙を拭いて、サバンナに冒険しようじゃないか。

 

肉食系女子レベル3> 客観性と利他心を身につけた女性

一旦、彼への執着を脇に置いて、サバンナの大草原に出かけたあなたは、たくさんの気付きと学びに出逢えるだろう。

 

まず第一に、世の中には魅力的な男性はたくさんいるということ。

 

確かに、あなたの言う通り、彼ほどあなた好みのイケメンはいなかったかもしれない。

でも、彼よりセンスのいい人はいる。彼より、優しい人も、必ずいる。

 

シマウマにはシマウマの、ゼブラにはゼブラの良さがある。

そう、人の魅力は多面的なのだ。

 

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同時に、人によって、異性に求めているモノや響くポイントは全然違うのだという事実に、あなたはとても驚いただろう。

 

白いワンピースを着て、男性をおだててればよい、といった付け焼刃で身につけたモテテクを捨て、目の前に彼を、獲物ではなく、一人の人間として、本当の意味で思いやることがあなたは出来るようになるだろう。

 

落ち込んでいるときには、適切な方法で励ましたり

元気がない時は、気の利いた言葉で楽しませたり、

時には彼を尊重して、そっと距離を置いてあげたり、

人生について深く語り合ってみたり。

 

目の前の人を観察し、その人が本当に必要としているモノを差し出す。

 

そんなたくさんのカードを持つ女性になっているだろう。

 

 

 

当たり前のことだと思うだろうか?

そんなこと、すでに自分は出来ているのだと、あなたは思うだろうか。

 

でも、振り返ってみてほしい。

今までのあなたは、自分が愛されることに精一杯で、期待するほどの愛情を注いでくれな彼にイライラして、もっともっともっとと、求めているだけではなかったろうか?

 

執着の次は、自分のWantを一旦脇に置いてみよう。

そして、まっさらな気持ちで、目の前の人に向き合ってみよう。

 

相手を思いやれる、楽しませられる、与えられる女性。

それが更に一歩階段を上った肉食系女子なのである

 

2.肉食系女子のレベルを高めれば、モテるようになるのか?

 

しかし、ここでひとつ、現実を示さなければいけない。

それは、ここまで努力したとしても、望んだ恋をすべて手に入れることは不可能、だという事実だ。

 

 

レベルをあげることで、確実にモテ度は上がっていく。

しかし、いくら確率をあげたところで100%には絶対に到達できない。

 

どんなに好きでも、互いに求めているものが違う場合もあれば、タイミングが合わないこともある。

 

また、現実には、自分の生物的な魅力(若さ、健康さ、美しさ)がモテの7割を占めており、どんなに中身を磨き上げたところで、変わるのは良くて最後の30%程度だと、個人的には思っている。

 

では、結局は生まれ持った美しさがモノを言うのであれば、肉食系女子として自分を高める意味はないのか......。

 

3.肉食系女子の最上形、それは目の前の人に、幸せを届けられる女性。

 

肉食系女子の階段を1段1段上がった先に最後に見える景色、それは目の前の人を幸せにできる自分だ。

 

どんなに頑張っても、彼は愛してくれなかったかもしれない。

望んでいた関係性は築けなかったかもしれない。

 

でも、

執着を捨てられた。

客観的になれた。

真心をもって、相手を思いやれた。

たくさんの笑顔を届けた。

勇気を出して、まっさらな自分自身で、真摯に向き合った。

 

あなたのその純粋な気持ちは、きっと相手に届いている。

 

わたしの経験上、

「あなたを、幸せにしたい」と心から願い、

不器用なりにでも、その思いを伝え続けた相手であるならば、

例え別れてしまったとしても、人生であまり交われなかったとしても、

自分が蒔いた愛情の種は、相手の心の奥底に、確実に育っている。

 

そうすれば、人生で本当に困ったときに、ふとしたきっかけで、相手が助けてくれたりすることもあれば、また一緒に笑いあえる日が来る可能性も高いのだ。

 

そして、あなたの優しさは彼の周りにもきっと届いている。

きっとあなたは彼の友人の中で、最高の人気者なはずだ。

 

自分が愛した人と、その周りを幸せにできること。

その人の幸せな記憶の一部として、心に刻まれる人になること。

 

これ以上に素敵なことが人生にあるだろうか?

 

肉食系女子を極めることで、その境地にたどり着けるのならば、人生本望だと。

 

どんなモテよりも素敵だと、いち肉食系女子として、そう感じているよ。

自分の生きる理由と信念を悟った夜

 

「お前の人生って、ぜんぶ付和雷同だよな。」

 

最近こんな夢を抱いて、目指しているの!と、意気揚々に語る私に対して、彼は冷たく言い放った。

 

「いま語ったやりたいこと、全部相手ありきじゃん。なにか自分の腹の底から湧き上がる思いとかないわけ?」

 

なかなか厳しいことを言うな、と思った。

夢や目標を語ると、99%の人は、純粋に面白そうだね、応援するよと笑顔を並べてくれる。たが、目の前にいる、新卒で入った会社のこの先輩は、なかなかそれを許さない。

 

よくよく考えたら、彼は3年前にうちの会社を離れている起業家だから、もう先輩ですらないのに。なんて面倒くさい人なんだろう。

 

「何でそんなこと言うの、じゃあどうすればいいんだよ」、とイラつこうが、泣きわめこうが、ガン無視した上で、彼は自分が納得するまで本質的な問いをドストレートに心に投げてくる。

 

「そんな俺を説得したいがための言葉を並べても、それは腹からの言葉じゃない。」

 

「そもそも俺と知り合ってからのこの3年間でお前は、何をしてきたんだよ。」

 

「あれこれ手を出しているのに、なんで信念がまだ見えていないんだよ。」

 

「そもそも、お前の生きている意味はなんだよ。なんで生きてるんだよ」

 

今抱いているビジネスプランを具現化するための実務的なアドバイスをもらいに来たのに。各論に入る前の、本質的なそもそも論の部分から鋭い切込みを入れてくるから、話がややこしくなる。

 

華金で色めく丸の内のオシャレなレストランの中で、ただ一組だけ異様な空気間を漂わせながら、3時間がん詰めされて泣き散らかしているテーブルで、わたしは遂に悟ったのである。

 

1.わたしが生きている意味は、「内なる世界を拡張させること」

 1.1 ディズニーランドでの原体験

一番最初の原体験としては20年前、6歳の時にはじめてディズニーランドに入ったときの思い出。

 

20年前の当時、日本と中国には大きな経済格差があった。わたしが住んでいた蘇州の下町では恐らく100人に1人も海外に行ったことがなかったし、行けると夢にも思えなかった、そんな時代だった。

 

「日本とアメリカにはこんな場所があってね」と、社会科の先生は幼稚園でわたしたちに白黒のミッキーとでシンデレラ城がプリントアウトされた紙芝居を見せた。

 

鮮明に覚えているのは、おともだちは誰も行きたいなんて言わなかったということ。

日本に住む子どもたちはずるいとも愚痴をこぼす園児すらいなかった。

 

だって、別世界の話なんだもん。

自分には全く関係ない、SFの世界。

 

それが、幸運にもわたしは両親に連れられて来日し、そんな行けるはずがないと思い込んでいたディズニーランドに、実際に足を踏み入れることが出来たのである。

 

6歳のその時の感動を、わたしは今でも鮮明に覚えている。

そして、その時に決めたことがある。

別世界だろうが、異次元だろうが、この世に実在する場所であれば、

どこまでもこの足で訪れてみよう。この目に焼き付けてこよう、と。

 

 

1.2 旅をすれば世界が横に広がる。新しい価値観に出逢えば、世界が縦に広がる。

そんな経緯もあり、15歳くらいまでのわたしの夢は世界中を旅すること、出来れば宇宙にも行ってみたいから宇宙飛行士になることの1点だった。

 

そんな中で、ある日高校の図書館で、わたしを震撼させた本に出逢った。

 

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風と共に去りぬ、である。

 

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その中で、主人公のスカーレット・オハラに心を打たれたのだが、

 

彼女一言でいえば、「特段めちゃくちゃ美人ではないが、自己主張が強く、感情の起伏が激しい、そして目的のためなら手段も択ばずに妹の婚約者をも奪い取る肉食系で、打算的かつ自己中な、淑女とはかけ離れた女」である。

 

今までの人生を通して、わたしは女性はかわいらしく、おしとやかに、優しく善良でいなければモテないと思っていた。少なくともそうふるまわなければ、他人から受け入れられるはずがないと思った。

 

だから、こんな主人公なんて有りなのかよと、冷や汗をかきながら、読了した後にYahoo!で「風と共に去りぬ 感想」「風と共に去りぬ スカーレット 性格」と、ぐぐりまくった。

 

すると、彼女は世代を経て、世界中にたくさんのファンを抱え、今でも多くの人を魅了し続けていることを知ったのである。自己中な肉食系ビッチなのに・・・!

 

スカーレットに出逢えたことは、

おしとやかに、善良になり切れない自分に悩んでいた17歳の自分にとって、

本当に世界が変わるくらい震撼した出来事であった。

 

これを通して、わたしは旅をするという手段以外にも、

何かを通して新しい価値観、視野、世界観に出逢うことによって、

自分自身の世界をまるっきり、変えることが出来るのだと知った。

 

そして、こんな風に、自分の内なる世界を横に、そして縦にどんどん広げていきたいと強く思った。

 

2.理念は「尊敬する人と一緒に、冒険し続ける人生を送ること」

2.1その人のことを好きかどうかは、重要じゃない

話が戻るが、先輩に理念をたずねられたとき、わたしはとっさに「好きな人とずっと一緒にいること」と答えた。

 

実際に、本当はこれが叶えば専業主婦でもいいと思っているけど、大好きな夫と結婚したって24時間365日一緒にいられるわけじゃないから、それならば好きな人をたくさん作って、彼らと一緒に仕事ができるような環境を作ることが自分の幸せかな、と考えていた。

 

しかし、これは正しくない。

 

まず、「好きな人」の定義とは、その人がたとえ困ったら、損得考えずに出来る限りのことをしてあげたいと思える人、つまり自分の中に静かな愛情が流れている対象人物を指す。この文脈で言えば、あてはまる友人知人は結構いる。

 

しかし、わたしは好きなだけの人とは、長時間一緒にいることが出来ない性分であることに気付いた。

 

だから、例えばものすごく大好きな女友達も、尊敬の気持ちがなければ、どうしても一緒に長い時間は過ごせない。大好きな彼氏も、尊敬の念が薄くなった暁には、デートしたい欲が途端に薄れる。逆に、いけ好かなくても、めちゃくちゃ尊敬している人であったら、老若男女飛んで会いに行きたい。積極的に一緒に時間を過ごしたい。

 

尊敬の定義は、「わたしに持っていない何かを持っていて、その何かに自分が共感し、強烈に惹かれている状態」である。なぜならば、そのマインドが、視点が、世界観が、わたしの世界を広げてワクワク感とドキドキ感を運んでくれるからだろう。

 

そして、わたしは冒険が好きだ。

冒険の定義とは、「ワクワク x ドキドキ x 不確実性」の3要素そろった行為であり、それが途上国だったり、投資だったり、ビジネスだったりする。わたしが国内旅行や、リゾート、水族館といったデート先に全く惹かれないのも、この冒険度指数が低いから。

 

だから、旅行に出かけるならば、途上国や全く語学が通じないところがいいし、デートするならば、下町の超大衆居酒屋や登山の方がワクワクする。なんなら一緒に仮想通貨のマイナーコインを買い集めて、ハラハラするのも楽しそう。笑

 

 

2.2人生の中のパーフェクトに幸せだった瞬間

いままでの人生の中で3回、「今この瞬間にもう死んでもいいや」と思えるほど幸せの絶頂を感じたことがある。

 

1回目は15歳のころ、Justineという友人と一緒に中国の地元の屋台を回っていた時。中国語がほとんど話せなかった自分にとって、百戦錬磨な地元民の大人たちと値段交渉をしなければ物が買えない市場で、大好きなJustineと回ったあの時間は本当にドキドキの連続で、忘れられない思い出になった。

 

2回目は20歳のころ、手品のボランティアでスリランカへ行った時。当時大好きで尊敬する人と一緒に、バスに乗って、迷いながらも手をつないで市場を回ってマンゴーをかじった瞬間は本当に楽しくてもう日本に帰らなくてもいい、この時がずっと続いたらいいのになと、心から願った。

 

3回目はつい先月。アフリカのベナンを訪れていた時だ。

 

車の中で、友人とクイズゴッコをしていた時に「もしあと1年しか命がないとしたら、こうさんは、何をする?」と尋ねられた。

 

その時に、自分でもびっくりしたのだけれども、何の迷いもなく、このままベナンに居続けたいと答えた。今と同じようにローカルな家で住みながら、彼の会社で仕事を手伝いたい。と。

 

なんなら、日本に戻って家族友人と対面で別れを告げる時間すらもいらない。

 

残された時間が限られているならば、現時点で自分の中で1番か2番目くらいに最も尊敬する彼と冒険し続けるこの日常を死ぬ最後のひと時まで送りたい。そう強く感じたのだった。

 

3.究極的に、生きる理由、生きる理念とは何か?

では、わたしはなぜ長い間、生きる理由と理念が分からなかったのだろうか。

それはやはり経験値不足によって、自分の人生に優先順位をつけるだけのデータがそろわなかったからだと思う。

 

そして、生きる理由、そして生きる上での信念とは、お金、名声、名誉、権力、自己実現等、この世で好ましそうなすべてを犠牲にしてもこれだけは守れたら本望だと思えるモノだ。

 

恐らく、究極的にわたしはこの人生を通して実現したい目標も、成し遂げたい夢も何もない。

 

その代わりに、死ぬ最後のひと時まで、精一杯、自分の既存の枠から外に手を伸ばして、良いことも悪いこともたくさん見て、感じて、この世界を味わい尽くしてやったと思いたい。

 

今回の人生では、やったね、遊びつくしたね、と自分を誇らしく感じたい。

そして、欲を言えば、自分が感じたありったけの世界中のワクワクと楽しさを、子どもに伝えていきたい。

 

それが実現したら、成功しなくても、野垂れ死にしても、人にばかにされても、本望だと思っている。

 

愛することとは、考え抜いて行動すること。

愛することってなんだろうと、昔から、節目節目に思いを巡らせ続けきた。

 

すこし前までは、「自分のリソースを積極的に捧げること」だと考えていて、それはお金だったり、労力だったり、時間だったり。

 

でも、愛がなくても一緒にダラダラいることは可能だと気付いてから、考えがまた修正された。

 

誰かを愛することとは、「考え抜くこと」+「行動すること」だと思う。

 

「考え抜くこと」とはすなわち、相手が本当に欲しているものは何か、どうしたら相手が幸せに近づくのかを徹底的に考え抜くこと。ここで、自分の主観やエゴが入って方向性を誤ると、極端な例でいうとストーカーやセクハラといった、自分が良かれと思っているけれども、相手にとっては至極迷惑な方向に舵を切ってしまう。

 

 

次に「行動すること」とは、考え抜いた結果をもとに、アクションを取ること。これは、何かを与えることかもしれないし、伝えることかもしれない。それは、幾ら考え抜いても、自分の胸に秘めておくだけであれば、愛は存在するかもしれないけど、「愛する」という行為には繋がらないからだ。

 

「こんなことをしたら、喜んでくれるだろうな、幸せに貢献できるかもしれないな」とどんなに自分なりに考え抜いたとしても、本当に当たるかなんて、やっぱりやってみないと分からない。だから、愛する人への行動は、通常とても勇気を必要とする。

 

ギョっとされたり、すべったり、拒否されたり、痛い人だと笑われたりと、様々な心理的障壁を乗り越えて、リスクを取って行動すること。

 

それで、ようやく「愛すること」の一連のプロセスが完成するのだ。

 

 

そして、「行動する」の中でも、もっとも難易度が高く、高度なことが「相手の人生から、自分が退場すること」だ。考え抜いた結果、相手の幸福度に自分は何も寄与することが出来ない、全くプラスの効果をもたらす見込みがない、もはやどんなアクションですらもマイナス効果の方が大きいだろうという事実に気付いてしまった場合、胸を切り刻む痛みを味わうだろう。

 

愛する人に何かを差し出したり、リソースを分け与えることは、相手の感謝や愛情を対価として受け取れる可能性が有るため、意外と簡単だ。でも、相手の人生から立ち去ること、これは何の対価もない上に、寂しく、辛い決断である。

 

だから、せめて、そんな辛い決意が出来たとき、

遠くで見守る愛を選択できる強さを持てたとき、

それは本当の意味で、誰かをしっかりと愛せたのだなと自分を誇ってよいのだと思う。

 

縁があれば、また交わり合える時が来ることを信じて。

利害がない人間関係は薄っぺらい。利害の発生こそが、人生の醍醐味。

かつては、利害関係がない関係こそが最上だと教えられてきた。

 

互いに損得のない、奪い合うことも分け合うことも要されない、シンプルで単純な関係性。

 

それが多くの人が思い描く美しい友情のあり姿ではないだろうか。

 

その定義に違和感が出てきたのは、社会人になってからだ。

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居酒屋で友人と愚痴を並べながら談笑する時間より、時には対立したり、恨んだり恨まれたりしながらも、

同じ目標を掲げて走っていく上司や先輩と過ごす時間の方が、人生の肥やしになるのだと気付いた。

 

そして、裏切りと呼ばれるものの大半は悪意ではなく、人の弱さから生まれること。

人は弱いからこそ、倫理観や意志の強さに頼らずに、仕組化することが大事であること。

 

利害が発生する人間関係の中で、傷付き傷付けられていく過程で学んでいくそれらの知恵こそが、ただただ快楽だけを帯びた薄っぺらい友情より、よっぽど人生の醍醐味があるのだと感じた。

 

友情を超えていく関係性。

 

仕事仲間、恋愛、重点取引先。

それらの関係に共通する性質として、リソースの奪い合い、つまり利害関係が必ず発生することが挙げられる。その対象は主に、時間と金銭と労力、そしてコミットメントだろう。

 

例えば、恋愛でただただ仲良くする関係から、真剣な交際へ発展していく過程では、互いに「異性としては貴方としか関係を結びません」という一種のExclusive契約を結ぶこととなる。

 

ビジネスの世界で置き換えると、ただのアルバイトから、正規の雇用関係を結ぶことによって、他社で働く機会を手放すこととなる。取引先で言えば、単なる一取引先から重点取引先に移行したり、独占販売権を結ぶことによって他社との協業可能性を手放すことを意味する。

  

友情を脱して、その上の関係にステップアップするためには、相手のリソースや可能性を確実に奪っていくことになるため、オファーされた側から、

 

「この人に対して、自分はリスクを取って、人生のリソースを投資するほどの価値があるのか?」

 

といったシビアな目線での評価されることになる。

 

今まで損得勘定がなかった友情関係から脱する切り替え点として、避けて通れないポイントとして、オファーされた側から不信・不安を浴びるように受けるという洗礼がある。

 

感情は波動である。

 

よって、愛情を示せば、それが穏やかに相手に伝わるように、不安や不信といった負の感情も、波動として痛いほどに伝わってきてしまう。

 

今まで、真っ新なポジティブな感情しか共有しなかった関係性に、ネガティブな波が混じることは、相手がいくら隠そうとも、凄く敏感に自分まで届いてしまう。

 

それは、正直言って、とても辛いことだ。

 

一緒の仲間として、同じサイドとして頑張っていこうと、いくら愛情と信頼を渡しても、不信と不安しか返ってこない。そして、そんな期間がいつまで続くかはわからない。もしかすると、吟味されている間に、「やっぱり違った」と相手は離れていってしまうかもしれない。時にはそんな不安に、心が折れそうになる。

 

それでも。

 

自分が見込んだ相手に、みずからオファーをする以上、惚れた弱みとして、

「わたしが、必ず、あなたを幸せにする」という覚悟が必要不可欠なのだと思う。

 

そして、相手が覚悟をもって承認してくれた暁には、わたしは、必ずあなたを幸せにする。

あなたの夢を、価値観を大事にするし、決して悪いようにはしない。

だから、信じてついてきて欲しい。

 

でも言葉で示しても、不信感が消えないことは知っているから、

この覚悟を、愛情を、信頼を、時間をかけて徐々に渡していくしか出来ない。

 

言葉以上に、実績で、行動で、愛情と信頼を先行投資すること。

不安と不信を全力で受け止めること。

 

それがわたしが考えるリーダーシップである。

アフリカ系男子が、好きすぎる。

ランチ後の眠気が増していく昼盛り。

 

社内チャット越しに、女友達と「ねぇ、どんな人が好み?」と、

1000回はゆうに繰り返されたであろう、この永久的に生産性がない話題について、

わたし達は花を咲かせていた。

 

えぇっとね、仏みたいに優しい人でしょ、大人で器が大きい人、一緒に居て楽しい人…

 

我が身を棚に置いて、楽しい会話は続く。

 

その中でハタと、気付いたことがある。

近頃の、わたしの好みの異性のタイプ。

 

それは、まとめるとズバリ、アフリカ系男子なのではなかろうか。

 

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(先日、年始年末にホームステイしたベナンで、誕生日プレゼントとしてもらったワンピース)

 

ここでいうアフリカ男子の定義とは、アフリカ大陸にてフリーで活動をしている日本人起業家、或いは個人事業主を指す。

 

 

最近、わたしは仕事の関係で一気にこの種のアフリカ男子と知り合うことが増えたのだが、皆揃いに揃って非常に素敵であるため、今日は普段お世話になっているアフリカ系男子達に感謝の気持ちを込めて、彼らの魅力について、とことん語りたいと思う。

 

1.風流でユーモラスなアフリカ系男子

わたしがアフリカ系男子の魅力に目覚めたのは2016年7月と、意外にも歴史が長い。

キッカケは、当時付き合っていた恋人がアフリカが大好きだったからであった。

 

「みくちゃん、幸せはね、心の中にあるんだよ」

 

大学時代に1年半ほどアフリカで過ごした彼は、そんな風流な口癖と共に、現地で見聞きした様々な思い出を語っては、いつもわたしを楽しませてくれた。当時、アフリカの場所がどこにあるかも分からなかったわたしにとって、彼の口から繰り広げられた異国の話は、異世界のごとくとても新鮮で、いつも刺激に溢れていた。

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ベナンで見つけたバオバブの樹)

 

しかし、お付き合いを始めてから数か月後、わたしは彼から急に別れを告げられたのである。

 

「なんで…?」

 

涙ぐみながら見上げた彼は、こうわたしに告げた。

 

「みくちゃん…、ごめんね。ぼくは、近々アフリカに戻るんだ。戻らなければいけない。だから、ごめん」

 

わたしの記憶では、彼の生まれ故郷は長野県諏訪市であったため、アフリカに「戻る」という表現にはいささか首をかしげたが、大志を抱いた男を止めることは出来ない。涙を呑みながら、わたしは別れを受け入れた。

 

あれから2年弱。

 

Facebookを開いて、

かつて愛した彼のページを眺めると、

 

「近くにいる友達」機能で表示される彼の位置情報ピンは、

アフリカにも、長野にも刺さっておらず、2年間の間、常に千代田区を表示していた。

 

これは…、一体全体、どのようなロジックで成り立っているのだろうか。

 

わたしは極めてポジティブな人間であるため、

幸せは心の中にあるように、アフリカも本当は千代田区の中にあるのではないかと

風流な彼はそんな哲学的な問いかけをわたしに残してくれたのではないかと、

そんな風に考えては自分を納得させた。

 

 

 2.コミュニケーション能力が高く、話していて楽しい。

 

現在、仕事関係で、アフリカに単身で渡っている日本人男性とコンタクトを取る機会が多々ある。

 

出逢いはブログやTwitterといったSNS経由であったり、友人経由であったりと様々だが、

皆に共通することといえば、非常に親切でフレンドリー、話していて飽きないことだ。

 

先方がアフリカ現地にいる場合、SkypeやMessanger等でのやりとりとなることがほとんどだが、実際にお会いしたことがなくとも、話が弾む弾む。

 

どこの馬の骨かもわからないわたしに対して、どんな質問を投げかけても、皆嬉しそうに話を続けてくれるのは、

恐らく日本語を話せる知人が周りに少ないため、久しぶりの日本語でのコミュニケーションが新鮮であることと、

元々アフリカに単身で乗り込むほどのコミュニケーション能力が高い方々であるからという理由しか考えられないが、

 

わたしは極めてポジティブな人間であるため、

「たのしそうに話してくてくれる。話も合う。彼はわたしのことが好きに違いない」

と、童貞顔負けのびっくり仰天な勘違いをしそうになる。

 

3.ワイルドで格好いい

 

アフリカを実際に歩いてみると、街並み、人々の風貌とすべてが新鮮で、

日本から来た自分としては、RPGのゲームの世界を渡り歩いている気持ちになる。

 

そして、その横にアフリカ系男子がいれば、気分はモンハンの主人公そのもの。

さぁ、大サバンナへ一緒に狩りに出かけようか。

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ベナンにある水上都市、ガンビエ)

 

そこで、アフリカ系男子が、摩訶不思議な現地語を流暢に話しながら、ジュース1本を買ってくれた。

ローカルアフリカ人の大衆をかき分けてタクシーを捕まえてくれた。

ボディーランゲージを交えたフランス語で、値段交渉をしてくれた。

 

わたしは極めてポジティブな人間であるため、

冷静に考えると、生きる上での基本動作でかないアフリカ系男子のこれらの行動も、

あたかも、白馬の騎士が自分を守ってくれている様に見えるといった錯覚に陥りそうになるのだ。

 

4.アフリカ系男子との恋の障壁

さて、ここまで淡々とアフリカ系男子の魅力について述べてきたつもりではあるが、

突如今、わたし自身の思い込みの強さと勘違い指数の高さを露呈しているに他ならないのではないかという危機感に陥っている。

 

大丈夫だろうか。

 

しかし、ここまで筆を進めてしまったのだ。書き切るしかない。

 

読者の皆さんにはきっとアフリカ系男子の魅力が伝わったはずであるため、

最後に、そんな魅力たっぷりの彼らとの恋愛事情における唯一の、そして最大の障壁に関して言及しなければならない。

 

アフリカ系男子との恋愛における障壁…

 

それは、アフリカ系男子がアフリカに在住していることである。

 

 

え?

 

当たり前だって?

 

そう、元々自明なことであり、アフリカ系男子がアフリカに住んでいるからアフリカ系男子であり、それがゆえに魅力が倍増しているのに、その障壁がアフリカそのものだなんて、もう何がなんだかわけがわからない。早口言葉みたいに、書いているわたしすらも、自分が何を言っているのか、意味が分からなくなってしまった。

 

ひとつだけ、確信を持って言えるのは、

 

万が一、わたしが勘違いに勘違いを重ねて、アフリカ系男子に恋をしてしまったとしよう。

 

そうすると、風流でユーモラスでコミュニケーション能力が高くてワイルドで格好いい彼らは、わたしにこう告げるだろう。

 

「みくちゃん…。気持ちは嬉しいよ。ありがとう。でも、みくちゃんは日本にいる。俺はアフリカにいる。遠すぎるだろう?」

 

しかし、わたしは極めてポジティブな人間であるため、

 

少し考えた後にこう答えるだろう。

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ!だって、アフリカって千代田区の中にあるじゃない」

 

 

 

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広告活動とは、商品に命を吹き込む行為である

今朝、美容院後に表参道を歩いていたら、たまたまlouis vuittonが店頭でショーを行っていた。

 

ハイブランドのランウェイを肉眼で見ることは初めてだった。

目を見張るモデルさんの華奢さに、

非日常なワクワク感がたくさん詰まった衣装に、

思わず足が立ちどまった。

 

「あぁ、本当に、美しい…」

 

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Louis Vuittonは年間幾らくらいの広告費を捻出しているのか】

 

ハイブランドであればあるほど、華やかなプロモーション活動を通して、ブランドイメージを維持していくことは必要不可欠であろう。

 

では、たとえ目の前に1つの100万円のLVのカバンがあるとすると、その内いくらがこのような広告宣伝費にあてられているのだろうか?

 

ふと、そんなことが気になり、わたしは帰り道の銀座線で、そっと同社の2016年度のアニュアルレポートを開いた。

 

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 ↑表紙。

 

決算資料のくせに、いちいち美しい。

さすが世界のLVMH。

 

さて、Amazonのアニュアルレポートでは、冒頭に1997年の株主にあてたレターが添えられており、利益率よりも長期的なキャッシュフローの最大化を一番の目的とするゾベス氏の理念が記されている。

 

When forced to choose between optimizing the appearance of our GAAP accounting and maximizing
the present value of future cash flows, we’ll take the cash flows.

 

(もし、決算結果とフリーキャッシュフローの最大化、どちらかの選択を迫られたとき、我々キャッシュフローを取るだろう)

 

では、LVMHの理念 とは何だろう。

 

もしや、キャッシュフローならぬ、広告宣伝費の最大化だろうか。

 

わたしは、わくわくしながら、ページをめくった。

 

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……。

 

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……!?

 

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なんということだ。 

めくっても、めくっても、数字が出てこない。

 

忘れないでいただきたい。これは顧客向けパンフレットではない。

一応、投資家向けのアニュアルレポートである。オシャレすぎワロタ。

 

そして、金融業界の先輩よりご指摘があり、アニュアルレポートではなく、Financial Statementに記載があることを発見!!

 

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↑ 2016 Consolidated financial statement LVMH

 

直近の売上が37,600 million EURであるのに対し、広告宣伝費(Advertising and promotion expenses)が4,242 million EURになっていますね。よって、非常にざっっっっっっくり言えば、売上対比11%程度。

 

つまり、100万円のバックを買ったら、11万円がモデルさんへのお給料や雑誌の掲載や広告の作成に使われていると。

 

意外と思ったよりも少ないと思ったのはわたしだけだろうか。

 

【広告とは何か】

 

キングコング西野さんが「ニュースにしてもらうより、ニュースを作る側に回れ」、「国民総クリエイターの時代。面白いコンテンツがあったら、皆が写真を撮ってインスタで勝手に宣伝してくれる」と言った意図の発言をされていたり。

 

電通の労務問題などもあり、ようは「広告なんてしゃらくせえ」と、

 

メディアを通じてマスに一方的に発信するいゆわる伝統的な広告は少しずつ力を失い、段々と格好悪くなってきたというのが最近の風潮ではないだろうか。

 

中には、「ネット社会では、良い商品は口コミで広がっていくものだ。広告に頼っている時点で時代遅れ」という声もあるし、コストパフォーマンスが重視される時代では、なるべくコストを削って、安く、良いものを求められる世の中に、今後もどんどん加速するだろう。

 

 

【広告とは、商品に命を吹き込むもの】

 

その中で、ある意味時代と逆行するかのごとく、今でもじゃぶじゃぶに広告宣伝費を投入し続け、且つクールなイメージを打ち出しているハイブランド業界が、わたしはとても好きだ。

 

例えば、年に1度開かれるVictoria's Secretという下着メーカーのファッションショーは、全世界の10代20代の女の子たちの憧れの的といっても過言じゃない。

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わたしも例にもれず、通称Angelと呼ばれるこのショーモデルに憧れて、「今年はどんな演出がるのだろう?」と、毎年9月の開催を指折り待ちわびていた。

 

そしてショーの後は、少し奮発した買ったVictoria's Secretの下着を身に着けただけで、モデルさんたちと一緒に舞台に立ったような不思議な高揚感を味わえたものだった。

  

 

また、同じように好きなブランドがティファニー

正直値段はとても高く、デザインもシンプルでコストパの概念から最も遠いブランドである一方、

彼らが打ち出しているイメージ広告が毎度毎度、あまりにも心温まる素敵な内容であるため、ついつい目が離せなくなる。

 

そして、ときたまティファニーのシンボルである青い箱をプレゼントとして受け取った暁には、

自分も、物語のヒロインのような、そんな夢見心地なくらい幸せな気持ちになれるのだった。

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ただの下着なのに。

 

ただの指輪なのに。

 

ただのカバンなのに。

 

それなのに、手に入れた時は普段よりずっと感情が高ぶって、身に着けた瞬間は最高にうれしくて、いつまでも眺めていたいと、肌身離さずお守りのように持ち歩きたいと。

 

ひとつのモノに、そんな愛情を、物語を、命を吹き込んでくれる。

 

それが広告の使命でなんじゃないかな。

 

綺麗なモデルさんを見て、なんだか悔しくて唇をかみしめた思い出も、新しい夢を抱く原動力へと繋がっていく。

 

だから、11%と言わず、LVMHグループには今後もじゃぶじゃぶ広告宣伝費をつぎ込んでほしいものである。

 

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 ↑美しいモデルさんと反して、醜い嫉妬に駆られたアカウントがこちらとなります。