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未来日記

恋に、仕事に、日々の日常について語る日記です。日常に、ワクワクという名の希望を届けていきたい。

コーヒー豆が教えてくれた人生で最も大切なこと

「若い人は、社会の希望なのよ」と母が言った。

「おっぱいには、希望と夢が詰まっているんだよ」と兄が言った。

「コーヒー豆には、希望と夢と人類の叡智が詰まっているんだ」と課長が言った。

 

  • 若さ=希望
  • おっぱい=希望+夢
  • コーヒー豆=希望+夢+人類の英知

∴ 若さ < おっぱい < コーヒー豆

 

3年前のある午後盛り、部内会議で課長が事業計画を発表する中、わたしは配布資料のはじっこに、兄、母、そして課長の言葉から導き出された黄金の数式を書き記した。

 

日に日に若さを失い、且つ貧乳なわたしはこれからコーヒー豆にすがることでしか、希望と夢を見出すことが出来ないのか。嗚呼、なんと世知辛い世の中なのだろうと、当時のわたしは絶望した。

 

しかし、更に絶望したのは会議後、黄金の数式が記された配布資料がそのまま回収されてしまったと気付いた時である。後日部長に宴会の席で、死ぬほどイジられたのは言うまでもない。

 

新卒で就職したあと、わたしは東南アジア、南米、アフリカと世界各国でコーヒー豆を輸入し、日本国内の焙煎業者に販売するというビジネスに携わった。コーヒー豆は別名Coffee Green Beansと呼ばれるように、元来緑色をした豆であり、新鮮さを失うにつれ黄ばんでいき、味が薄くなる特徴がある。よって、豆が古くなって価値が落ちる前に売りきることが非常に重要であった。

 

そして、不幸にも売れ残ってしまった古いコーヒー豆を販売することが、新人のわたしに与えられた仕事であった。黄色の古い豆は一目で判別がつくため、お客さんに出すとあからさまに顔をしかめられる。それでもなんとか買って頂こうと値引きをすると、今度は上司に顔をしかめられる。売れば売るほど、誰かに嫌な顔をされる、こんな世知辛い仕事もなかなかないと、わたしは長い間仕事に夢も希望の人生の叡智も見いだせなかった。

 

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そんなある日、あるインドの取引先から自国産コーヒー豆を買ってほしいと頼まれた。サンプルの豆を見ると、今まで見たことない程黄ばんでおり、味もびっくりするほど薄い。お客さんに売るどころか、提案することすらはばかれるクオリティだ。

 

しかし、そこはさすが世界の商人、インド人である。

サンプル豆と共に1枚の宣伝用のチラシを渡され、そこにはこんな説明書きが添えてあった。

 

「幻の黄金のコーヒー。マハラジャが愛したスッキリ爽やかな味。」

 

 なんという開き直りだろうか。

近年髪の毛が後退している父が、イタリア人は髪が薄いことがセクシーの条件なのだと豪語していたのと同レベルの図々しい発想に、わたしは禿げしく、いや、激しく動揺した。

 

確かに、ここまで黄ばんだまま放置された豆は逆に珍しく、幻の黄金のコーヒーだというのはうなずける。

また、コーヒー元来の味がほとんど抜けてしまっているので、スッキリ爽やかな味だというのも、ある意味その通りだ。

 

ひょっとしたら、これはいけるかもしれない。

 

そう思い、大反対する課長を説得して、このインドコーヒーを客先に持って行ったところ、最初は皆ぎょっとした顔を見せながらも、意外にも面白がってくれ、結果当初想定していた倍の量を売り切ることが出来たのである。

 

「ねぇ、お兄ちゃん!!いつもは価値がないとされているものでも、光の当て方を変えると評価って全然変わってくるんだね!」

 

コーヒーの売り契約が成立した日の夜、わたしは興奮冷めやらぬまま兄に事のいきさつを報告した。

 

冷静なまなざしでわたしを一瞥したあと、兄はこう言った。

 

「モノの価値は、供給と需要、そして見せ方によって決まるんだよ」。

 

兄の言葉を聞いて、わたしは20年前のとある出来事を思い出した。

 

小学生の頃、父と母の目を盗み、TSUTAYAのレンタルビデオの一番奥のカーテンがかかっているコーナーに兄と2人でこっそり足を忍ばせたことがある。そのビデオのパッケージには、若く綺麗な女性が身体を露わにし、妖艶な衣装で様々なポーズを取っていた。そして、わたしが最も驚いたことは、その中で最も場所がいい、目立つ棚に陳列されていたのは、一番綺麗な女性の商品でも、一番セクシーなポーズを取っている女性の商品でもなかったことであった。

 

一番異彩を放ち、目を引いたもの、それは明らかに他の女性より20,30歳は年が上であろう着物姿で佇む女性が写っていたビデオだったのだ。しかも1つや2つではなく、一列分くらいの量はあり、パッケージには「熟女」という二文字が共通して印字されていた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん!なんで、お母さんくらいの年代のビデオが人気なの?」

 

興奮冷めやらぬまま、わたしは兄に尋ねた。

 

冷静なまなざしでわたしを一瞥したあと、兄はこう言った。

 

「モノの価値は、供給と需要、そして見せ方によって決まるんだよ」

 

嗚呼、20年前に兄が悟っていたことを、わたしはつい最近まで気付くことが出来なかったのか…。わたしは絶望し、猛省した。

 

そして翌朝、古いコーヒー豆を活用した、熟女コーヒーならぬ、熟成コーヒーを売り出すことを思いついた。

早速2,3年在庫していた古いコーヒー豆の値下げを辞め、ヴィンテージ品としてブランド化し、客先に提案した。

 

様々な紆余曲折があり、結論から言えば、その提案は直ぐに採用されることはなかった。

しかし、営業先のメーカー担当者はわたしの提案を覚えてくれており、数年経った後に、この企画は実現されることになった。今、スーパーの棚には当時のわたしが提案した商品が並んでいる。

 

中国にはこんな格言がある。

 

「ゴミとは、置き場所を間違えた資源である」

 

嗜好品であるコーヒー豆の販売に携わった2年半は、与えられた商品をどこに、そしてどうやって置けば一番資産として高い値が付くのか?という問いを、常に考え続けた時間だった。

 

昨日の夜、わたしは「振り返ると辛いこともたくさんあったけど、楽しかったなぁ・・・」と久しぶりに当時の日々を思い出して、しんみりとしながら帰路に着いた。

 

郵便ポストを開けると、大学時代の親友からの結婚式の招待状が届いていた。

 

今まで、数えきれない程たくさんのコーヒー豆を売ってきたにも関わらず、たったひとつの自分という商品を未だに売却できていない事実に気づき、わたしは絶望した。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。どうやったら結婚できるかな?絶世の美女ではないけど、オシャレもしているし、もっと評価されてもいいと思うのに・・・><」

 

冷静なまなざしでわたしを一瞥したあと、兄はこう言った。

 

「女の子の価値は供給と需要によって決まるんだよ。見せ方は関係ない。」