未来日記

未来日記

恋に、仕事に、日々の日常について語る日記です。日常に、ワクワクという名の希望を届けていきたい。

(散文小説) 由香子、30歳。迷えるアラサーの日々。

仲良し会社同期女性4人組と背伸びして予約したペニンシュラのディナー。

運ばれてきたプレートの中に、「由香子、Happy 30'th Birthday!」の文字が踊っていた。

 

大阪在住で、ANAに入社してから8年目。

中肉中背で塩顔、なんとかなると明るい性格を持つ由香子は、一見行動派で頭の回転が速いが、とある根深いコンプレックスを持っている。

 

 

小さい頃から憧れのCAに採用された、と内定の電話を受け取った時、由香子は22年間の人生で一番の幸福感に包まれた。きっとこれからたくさん素敵な男性と出逢うのだろう。きっと海外を飛び回って、たくさんの新しい世界を知っていくんだろう。

 

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そんな希望に包まれていた由香子であったが、「コツコツと丁寧に根気強く物事をこなす」ということが大の苦手彼女は、入社早々、壁にぶつかった。いや、8年間壁にぶつけ続けているといっても過言ではないだろう。

 

同期が、国内線、海外線、長期便…と、どんどん信頼を積み重ね、仕事の難易度を高めていく中、基本的なことで躓いていた由香子は、いつまで経っても、東京ー福岡便を任されるのが関の山だった。最初は着くたびに毎回楽しみにしていた豚骨ラーメンも、自分の惨めさ、不甲斐なさを彷彿させるようで、匂いを嗅ぐだけで吐き気がする程、大っ嫌いになった。

 

「なんでみんなに出来ることが、わたしにはできないのだろう…」

 

やり場のない焦燥感だけがどんどん膨らみ、

抱いていた自信と希望が音を立てて萎んでいく。

 

当初想像していた華やかな世界はどんどん遠ざかる。

ストレスと焦燥感からくる仕事のミスの多さが原因で、仕事の評価はどんどん下がる。

 

そして3年経ったとき、遂に由香子は地上職へ転置替えという異例の人事発令が出た。これが、自らのパフォーマンスの悪さが故であるということは自明であった。それは由香子にとって、言葉に出来ない程、悔しく苦しい経験となった。

 

それでも、CAで飛び回っていた時代と比べて、時間に余裕が出来たんだ。もう一度頑張ろうと、プラス思考で気を取り直したのもむなしく、事務仕事が増えたことによって、由香子にとって唯一楽しかったお客さんとの会話、新しい世界を垣間見る瞬間も全て一掃され、「安定した、でもつまらない仕事、苦手な仕事」一色となった。

 

完全に負のスパイラルに陥った。

 

精神が蝕まれていく中、それでも、仕事を続けてきた理由は、小さい頃からCAという職業に抱いていた強烈な憧れ、ANAというブランドの響きをこよなく愛していた由香子のプライドがあったからに他ならない。

 

 

そして、CAとして叶えたかった夢、例えばビジネスクラスやファーストクラスで華麗にサーブし、有名人と友達になるといったミーハーなことから、中南米、ヨーロッパを飛び回りたいといった幼き日の願望が、由香子を引き留めた。

 

人は、夢をあきらめるなという。

仕事から逃げるなという。

ひとつの職場でダメで逃げてしまった人は、次でも上手くいかないに違いないだという。

 

だったら、何度やってもだめだったわたしはどうすればよいのだろうか、と由香子は途方に暮れた。

 

そんな由香子の強みは、行動力と機転の速さであった。

そして、既存のセオリーに囚われない道筋を立てるといった戦略性、道筋を立てた後に大胆に仕事を他人に振り分けられるところも長所と言えるだろう。良くも悪くも、それは、皆と同じ王道では勝負できず、且つ自身の緻密さや丁寧さといった処理能力が低いが故に編み出した、彼女なりの生存戦略であった。

 

4年前に彼女が恋人と副業で始めた越境ECは大成功を収めた。なんてことない、恋人が大の日本酒好きであったため、彼がピックアップした日本酒に説明文を付けて中国のAlibabaのECサイトで売り始めたら、たちまち大ヒットしたのである。

 

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成功の背景には彼女自身のトレンドを追う力、先見性などもあったが、時流の良さや運の要素も多い。そして、スモールビジネスをひとつ成功させてくらいでは、到底事業者として一生食っていく能力には匹敵しないことは、誰よりも由香子自身が知っていた。

 

「これから、わたしはどうやって生きていけばいいのだろう?

 

同期がチーフパーサ等一歩ずつ着実にキャリアを積み重ねている。また、中には早々と結婚して家庭に入り、育児に励んでいえる人もいれば、CAのスキルは汎用性がないから、と華やかなタイトルを手放し、他業界でバリバリ専門職としてのスキルを積み上げている友人もいる。

 

方向性は違えど、皆、自分の人生に腹をくくって、覚悟を決めて、前に進んでいる。

 

それに対して、由香子はいつまで経っても、叶えられなかった夢に思いを馳せ、一度手にした華やかなタイトルに自身のアイデンティティを重ね、結果同じところで立ちどまっている。

 

彼女が苦手としている、粛々と物事を丁寧に緻密に推進していく能力は、大企業、否、日本における組織であればどこでも求められるスキルであることは、由香子も薄々と気付いていた。つまり、組織人としてソツなくこなすということが苦手である以上、それはANAを離れても、転職しても同じことが繰り返されるだろうということも、由香子は知っていた。

 

そう。知っていたからこそ、踏み出せなかった。飛び出せなかった。

 

そんな由香子でも、越境ECや趣味である料理では、細部の細部まで拘りぬいていたので、丁寧に物事を進めることが全くできないというわけではない。ただ、その場合は、売上や食べてくれた人の表情、感想がすぐに分かるといった分かりやすいニンジンが目の前にぶら下がっているという、非常に限定された状況下である必要がある。

 

そんな自分の面倒くささ、扱いづらさに由香子は苦笑した。

 

最近、由香子を自分の会社においでよ、と誘ってくれた人がいた。「由香子ちゃんの空気が読めないところが、凄くいい」と、彼は言った。本当にうれしかった。こんな自分でも必要としてくれる、活躍できそうだからうちに来てほしいと言ってくれる人がいるなんて。言葉にできないくらい、感激した。

 

同時に、由香子は不安になった。

 

30歳になったからには、もう失敗はできない。

大学時代のバイトのように、面白そうだからと飛び込んで、でも違ったからやーめた、なんて無責任なこともできない。

業界を変えて、自分のタイトルも捨てて、そして自分に期待して手を差し伸べてくれた人に応えるためにも、

やるからには、今回はぜったいにぜったいに成功させなければいけない。

 

 

ふと顔を挙げると、飛行機が一機、そしてまた一機秋の空に向かっていくのに、

思いが強くなれなばるほど、わたしははじめの一歩が出なくなる。飛びだてなくなる…。

 

30歳の秋。

遠くで高々と飛びだっていく飛行機の手前で、ノロノロと低空飛行しているツバメに、由香子は自分の姿を重ねたのだった。