読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

未来日記

恋に、仕事に、日々の日常について語る日記です。日常に、ワクワクという名の希望を届けていきたい。

12kg痩せたダイエット記

女友達に体型維持に関して質問されたので、10年間に渡る、自分のダイエット史を振り返ってみた。

     

私は元々太りやすい体質で、12歳のころから22歳まで毎日体重に関して思い悩み、朝夕欠かさず2回必ず体重計に乗っては100g単位で一喜一憂する日々を送っていた。

     

特に顔とお腹に肉が付きやすい体質のため、0.5kgでも太ると、目立ってしまうからタチが悪い。意志力が抜群に弱い上に、欲望に忠実な私はどんなダイエット方法でも続かず、日々自己嫌悪感を高める一方だった。

 

意志が弱い人間にとって、ダイエットに関わらず、何かを成し遂げる時に最も大切な要素が「気持ちの良い環境」だ。どんなに効果的で革新的なメゾットでも、気持ちが良くないと続かない。更に、不快感が蓄積されると、ストレスの反動で一時的に結果が出たとしても、トータルで見るとマイナスの結果に振れて終わるのが関の山だ。ダイエットでいうと、一瞬痩せても、結局リバウンドしてしまうのは、そのためである。

      

痩せたいのについつい適量以上に食べてしまう。衝動的にヤケ食いしてしまう。

      

これを紐解くと、「食べる」という刺激をドーピングしないとやっていけない程、不快な環境に身を置いているということである。原理はタバコや麻薬と同じであり、その刺激を打ち絶つためには、意志の力では到底沙汰打ちできない。少なくとも、私はできなかった。刺激に対する依存を断つためには、「刺激に頼らなくても、快適に過ごせる環境」が必要不可欠なのだ。

     

よって、物理的にも精神的にも、「気持ちの良い環境づくり」がまず最優先になる。
         

 


更に、持論として、人は○を◎にすることはできても、×を○にする程強くない。不可能ではないけれども、×を○にすることは、○を◎にすることと比べものにならない程、大きなエネルギーを要するからだ。

        

「こんなダメな自分を変えないといけない…」「なんとかしなきゃ」と焦れば焦るほど、結果が出ないのは、自分に大きな×を付けているから。×を○に変えていくことは、自己否定に絶えずさらされていることと同義であるため、精神的にとても不快な環境を作り出してしまう。

     

よって、快適な環境作りとは、自分にたくさんの○を与えることからスタートする。一見矛盾しているように思えるが、私の場合、「自分はこのままでよい」と思えたときに、初めて大きく変化する準備が整うのだ。

 

        

こうして、痩せたら着ようと思って買い込んでいた服を、思い切って全部処分するところから私のダイエットは始まった。自分が痩せることを期待して買った、ワンサイズ小さいジーパンも、履き心地が悪く、快適ではないということで思い切って、捨てた。

          

次に、「痩せたらチャレンジしよう」と先延ばしにしていたことを、すべて書き出しては、前倒しして試してみた。

       

メイクを研究すること。パーマをかけること。
      
デブがオシャレをしたら痛いのではないか、効果が薄くお金の無駄遣いなのではないかと、避けていたことにチャレンジすると、思いの他周りの友人から気付いてもらったり、褒められたりして、純粋に嬉しかった。

      

デパートへ服を買いに行くと、鏡に映る理想体型でない自分を突き付けられるようで心情的につらく、NISSENなど通販ばかりで買い物をしていたが、思い切ってオシャレな友人を誘い、「今の私」に似合う服を見繕ってもらった。
          


こうして、「理想からは遠い今の自分でもいいじゃないか」と思えるような、自分自身に対する○をひとつずつ貯金し、生きやすい環境づくりを整えていった。

 

        

そして、最後に。
         
最も難しく、そして効果が大きかったのは、自分の体形をからかう人から自分を遠ざけたことである。当時、とても好きだった男性から、みくはもっと痩せたら?とか、太ももが象みたいに太いなといつもからかわれていた。極め付けは、髪形をボブに変え、おろしたてのマキシムワンピースを着て彼とのデートに出掛けたところ、「デカいちびまる子ちゃんみたいだな!でも、顔はパンパンしているから、パンパンマンか。(笑)」とからかわれたことであり、その場では、「もう、意地悪なんだから」と笑ってやり過ごしたが、数日間寝込むほど精神的に応えた。それから、あのワンピースは押し入れの奥にしまったまま、一度も着ていない。


         
当初、彼と一緒にいれば成長できるのではないか、彼の理想に近づけられるように頑張れるのではないかと思っていたけれども、やはり現状の自分自身に対して×だと言っている人の期待に応えなきゃと頑張ること、一緒に居ることは常に自己否定を伴うため、痛みを伴う。そのストレスから逃げるために、更に過食に走っては自己嫌悪に陥るという、悪のスパイラルを繰り返していた。

 

         

そして、彼と距離を置いて少し経った頃に、新しい恋人と付き合い始めた。
   
当時、夏バテも手伝って3kg程度ダイエットに成功した私は、ある時一番太っていた頃の写真を彼に見せた。クスっと笑われる覚悟で、「今は痩せて綺麗になったんだね」と褒められたい一心で差し出した写真を、彼はまじまじと見た。そして、固まった。


        
「もしかして、ドン引きされたのかな…」
         


彼の様子を見て、私は大きなショックを受けた。

       f:id:loveworklife:20170408002426j:image

 

その次の瞬間、


      
「未来ちゃん、俺はもっと早く未来ちゃんに出逢いたかった。このぷくぷくしていた時期も超かわいいじゃん。もちろん痩せて綺麗になった今の未来ちゃんも大好きだけど、このぷっくりした時も、これはこれですごくかわいい。俺はこの時期は見逃がしてしまったんだね。本当に残念だ…」

       

そう言って、彼は肩を落とした。あまりもの予想斜め上の反応に、今度は私が固まった。ジョークを言っているのかと思い、顔を覗き込んだところ、彼の眼は大真面目で真剣であった。あんなに最上級に太った自分を、良いねと言ってくれたのは、家族友人含め、今まで誰もいなかった。この日、私は彼から、もがき苦しんでいた過去の自分にとびっきり大きな○をプレゼントしてもらったのである。そして、彼からもらった大きな○は、6年経った今でも、そしてお互いが離れてしまって今でも、ずっと心の中でわたしを支えてくれているのだ。

        

他人の評価によって自分の価値を決めちゃいけないとか、自分は自分で認めてあげなきゃとよく聞くけど、あんなの全部綺麗ごとだ。特に、女性はなんだかんだ、可愛いねと言われた分だけ可愛くなるし、良いねと褒められた分だけ頑張る糧にできる。○を◎に変えていく燃料になっていく。

      

だから、もっともっと自分をほめてあげよう。そして、今の自分でも良いね、と思ってくれている人と一緒に居よう。意志力への過信、弱い自分への自己嫌悪、自分をダメだしする男等はまとめてごみ箱に捨ててしまえ。

    

まずは、うんと自分を甘やかして、たくさんの○を出してあげよう。

        

こうして、私のダイエットは生きやすい、心地よい環境づくりからスタートしたのであった。